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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)2392号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 株式会社常磐相互銀行

被控訴人(附帯控訴人) 根本馨 外六名

主文

本件控訴並びに附帯控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とし、附帯控訴費用は附帯控訴人らの負担とする。

原判決は、控訴人において、被控訴人修に対し金十万円、被控訴人馨、同みやに対しそれぞれ金二万円の各担保を供するときは、第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

控訴人(附帯被控訴人)代理人は、「(一)原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。(二)、被控訴人修、同馨、同みやは、連帯して控訴人に対し、原判決認容部分を加えて金八十八万千三百十三円八十銭及びこれに対する昭和二十七年六月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。(三)別紙〈省略〉第一ないし第四目録記載の不動産が被控訴人馨の所有なることを確認する。(四)右(三)の請求が理由がないときは、第二次の請求として、被控訴人修、同馨、同みや、同とい、同三男、同百合子間において別紙第一ないし第三目録記載の不動産につきなされた昭和二十六年八月二十六日附遺産相続協定書に基く亡根本とわの遺産相続による持分及び右相続放棄に関する協定契約並びに同年九月十八日被控訴人修、同馨、同みやより水戸家庭裁判所下妻支部に対しなした該相続放棄の申述がいずれも無効であることを確認する。(五)右(四)の請求もまた理由がないときは第三次の請求として右相続放棄の申述を取り消す。(六)被控訴人守幸の別紙第四目録記載物件に対する所有権取得登記の無効であることを確認する。(七)被控訴人とい、同三男、同百合子、同守幸は、それぞれ別紙関係部分目録記載の不動産につきなされた同目録記載の各所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。(八)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに金員の支払を命ずる部分につき仮執行の宣言を求め、附帯控訴人馨、同みやの附帯控訴に対し、附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人ら(附帯控訴人馨、同みや)代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として、「原判決中附帯控訴人ら敗訴の部分を取り消す。附帯被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも附帯被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は双方において次に記載するとおり附加し、控訴人(附帯被控訴人)代理人において、当審証人信田余四雄の証言を援用した外、原判決の摘示と同一であるので、ここにこれを引用する。

第一、控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という。)の主張

(一)  控訴人が本訴において別紙第一ないし第四目録記載の不動産が被控訴人馨の所有であることの確認を求める根拠は、控訴人は、同被控訴人に対し本件身元保証契約に基く損害賠償請求権を有し、これを保全するため債権者として当然確認を求める利益があると主張する。仮りに直接確認を求める利益がないとしても、民法第四百二十三条により、債権者たる控訴人は自己の債権を保全するためその債務者たる被控訴人馨に代位してこれを求める。その他控訴の趣旨(四)(六)の無効確認を訴求する根拠もこれと同様である。なお、相続放棄の申述の無効なることの理由として権利の濫用を追加する。すなわち、被控訴人修、同馨、同みやは、単に控訴人を害する目的のみをもつて本件申述をなしたからである。また別紙第四目録記載の不動産につきなされた被控訴人守幸名義の所有権取得登記の無効なる理由として、仮りにその原因たる契約がなされたとしても、右は当事者相い通じてなした虚偽仮装の契約であり、これにより所有権は移転しないと主張する。

(二)  遺産相続の放棄は、財産的意思表示であるから、詐害行為取消の目的となりうるものと主張する。凡そ相続の効力は相続開始と同時に発生し被相続人の遺産が承継されるもので、法律は適法な放棄の申述があつた場合にのみ相続開始のときに遡り相続しなかつたものと看做したものと認むべく、被控訴人修、同馨、同みやの相続放棄により一旦相続によつて取得した同人らの財産の減少を来すことは自明の理であり、遺産相続権は身分権であると同時に財産権であるから、同被控訴人らのなした本件遺産相続の放棄は、行為者に詐害の意思あり、また詐害の事実ある限り取消の目的となるものである。

(三)  所有権取得登記の抹消請求は、その登記原因たる事実の不存在、無効、または取り消されたことを理由とするものであつて、取消の場合は当然の権利として、その他の場合は被控訴人馨に代位してこれを求めるものである。

第二、被控訴人ら(附帯控訴人馨、同みや、以下被控訴人という)代理人の主張

身元保証ニ関スル法律第三条によるも身元保証人の責任は無限ではない。無尽営業を経営するものは、その外務員の業務につき常に細心の注意を払うときは、少くとも三箇月、最高限度六箇月の期間には、不正行為は発見できるのであつて、それを看過して数年にわたる本人たる被控訴人修の不正行為により控訴人に加えた損害額の全額の弁償を身元保証人たる被控訴人馨、同みやに求めるは失当である。

理由

被控訴人修が昭和二十四年六月十七日控訴会社に入社し、外務員として同会社古河支店長の監督下に無尽掛金の集金及び加入者募集の事務に従事するに当り、控訴会社に対し甲第一号証の誓約書を差し入れた事実並びに被控訴人馨、同みやが同日被控訴人の右入社につき同被控訴人のために身元保証をなし甲第二号証の一の身元保証書を差し入れ、同被控訴人が控訴会社に対し、かけた損害を連帯して弁償すべく聊かも迷惑かけまじきことを約した事実は、当事者間に争がない。

一、被控訴人修の責任

控訴人は、被控訴人修が入社以来無尽掛金の集金及び加入者募集の事務に従事して昭和二十六年八月七日迄の間に集金した掛金合計金八十八万千三百十三円八十銭を費消横領した旨、主張するに対し、被控訴人らは、被控訴人修の控訴会社に加えた損害額は金五十万円を超えない旨主張するをもつて按ずるに、控訴人主張の金八十八万千三百十三円八十銭を認定するに足る的確な証拠とてなく、成立に争ない甲第五号証並びに原審証人信田余四雄の証言(第二回)によれば、被控訴人修は、昭和二十四年六月入社以来昭和二十六年八月七日までに高橋藤太郎外八十九名の掛金集金中より金八十二万千六百六十八円二十銭を費消横領し、その額が同号証に加入者別に明細に集計してあり被控訴人修もそれを認めて自署した事実が認められるのであつて、成立に争ない甲第六号証、同第七号証の一によれば、前記金額の外に金二万六千六百五十円の費消額が判明したものの如く見えるが、原審証人松崎武男の証言によれば、金八十七万九千七百五十二円二十銭を業務上横領し、退職后に金八千七百四十円を加入者から集金したとあり、成立に争ない甲第八号証によれば、金八十五万円とあり、また成立に争ない甲第十一号証によれば、横領金は全部で金八十八万円位とあつて、その正確なる数字を知ることができず、結局被控訴人修の費消金額は、原審と同様に金八十二万千六百六十八円二十銭と認定するの外ないのであつて、右認定にていしよくする原審における被控訴人(被告)本人の供述は信用しない。従つて被控訴人修は、控訴人に対し、右金額に相当する損害を被らしめたのであるから、右金員とこれに対する訴状送達の翌日たること記録上明らかなる昭和二十七年六月三日から完済まで年五分の割合による遅延利息を支払うべき義務があるのであつて、控訴人の被控訴人修に対する本訴金員の請求は、右の限度において正当であつて、その余は失当として棄却すべきものである。

二、被控訴人馨、同みやの賠償責任

被控訴人馨、同みやの身元保証契約における損害賠償責任について審究するに、当審の判断も原審とその見解を等しくするので当審証人信田余四雄の証言によるもこの認定を覆すに足りないと附加する外、原判決のこの点に関する説示(記録四五〇丁裏二行目より四五二丁裏八行目まで。)をここに引用する。

なお右証人信田余四雄の証言によれば、被控訴人修は、不正行為の発覚を慮り、事務処理の盲点をついて、これが隠蔽を図つていた事実さえ認められるのであるから、控訴人が昭和二十五年三月九日から同年九月五日までの間に右被控訴人修の不正行為を発見することのできなかつたのは当然というべく、これをもつて被控訴人修の監督につき控訴人に過失があつたものとなすことができず、被控訴人馨、同みやの賠償責任は原審認定のとおり金十万円の限度に止まるものとなすを相当とすべく、被控訴人らの自認する金九千六百六十円の限度に止めることはできない。従つて控訴人の被控訴人馨、同みやに対する金員の支払請求は、金十万円並びにこれに対する訴状送達の翌日である昭和二十七年六月三日から支払ずみまで年五分の割合による遅延利息の連帯支払を求める限度において正当として認容すべきも、その余は失当として棄却すべきである。

三、控訴人のその余の請求の当否

控訴人は、まず第一に別紙第一ないし第四目録記載の不動産は、全部被控訴人馨が大正八年一月二十七日先代根本隆通の死亡により家督相続をなしてその所有権を取得したものであつて同被控訴人が不身持であつたため、別紙第一ないし第三目録記載の不動産は先代の妻根本とわの所有名義に、第四目録記載の不動産は被控訴人守幸の所有名義に登記をなしたが、その登記原因たる事実はいずれも虚偽仮装であつて無効であるか、または存在しないものであるからその登記名義のいかんをとわず依然として被控訴人馨の所有に属するものである、と主張し右相続並びに各登記存在の事実は、被控訴人らの認めるところであるが、控訴人の提出援用にかかるすべての証拠によるも右控訴人主張の事実を認め難く、むしろ原審における証人木村常信の証言及び被控訴人(被告)木村といの本人尋問の結果によれば、被控訴人ら主張の如く被控訴人馨が先代隆通死亡後家産を傾ける行為があつたので、一家の財産保護のため真実母とわ及び被控訴人守幸にいずれも無償譲渡して所有権移転登記をなしたものであることが覗われる。また被控訴人守幸が右の所有権取得当時未成年者であつたことは成立に争ない甲第十四号証により明らかであるけれども、右事実は毫も右所有権取得の妨げとなるものでなく、たまたま甲第十六号証の一、第十七号証の一、(いずれも土地所有権移転登記申請書)に被控訴人守幸の親権者を表示しなかつたからといつて右登記の登記原因たる所有権譲渡契約の不存在を推定せしめるものでもなく、また代理人染谷達太郎が登記権利者登記義務者双方の代理をしているからといつて、その登記を無効とすべき理由もない。従つて、別紙第一ないし第四目録記載の不動産は、すべて現在の登記名義人の所有に属するものというべく、控訴人の控訴の趣旨(三)、(六)の無効確認の請求は、確認の利益の有無につき判断するまでもなく失当として棄却すべきである。

次に控訴人は、仮りに別紙第一ないし第三目録記載の不動産が被控訴人馨の所有でなく、正当に母とわに譲渡せられたとしても、同人は昭和二十六年七月十四日死亡し被控訴人馨、同とい、同みや、同百合子、同三男、同修において共同してその遺産相続をなし、同被控訴人らの共有となつたところ、被控訴人修を除く被控訴人五名は、相い通謀して、被控訴人修の同意を得ることなく、(仮りに同意があつたとすれば同被控訴人とも通謀して、)昭和二十六年八月二十六日附遺産相続協定書(甲第十五号証の九)を作成しこれに基き水戸家庭裁判所下妻支部に対し被控訴人馨、同みや、同修名義の相続放棄申述書を提出して放棄の申述をなし、同年九月十八日受理せられたが、右協定契約並びに相続放棄の申述は、被控訴人修の関知せざるものである点において、または右協定契約が虚偽仮装のものであるという点において、また少くとも右申述が権利濫用と目すべきものであるという点において、無効であると主張する。そして右とわの死亡、遺産相続協定書の作成並びに相続放棄の申述及びその受理の事実は、それぞれ関係被控訴人らの認めるところであるが、右に関する控訴人の主張事実は、これを認めるに足る的確な証拠なく、(甲第十一号証の記載内容は、原審における被控訴人(被告)修の供述に照し、そのまま真実として採用しがたい。)かえつて原審における証人木村常信の証言、被控訴人鈴木修、同藤井みや、同木村百合子、同木村といの各本人尋問の結果によれば、右協定並びに相続放棄の申述は、被控訴人修もこれに関与し、いずれも真意をもつてなされたものであつて、また相続放棄の結果仮りに放棄者の債権者が損害を被ることがあつたとしても、その損害たるや財産の増加を妨げられたというだけであつて、放棄者の既存財産は少しも変化はないのであるから、右放棄をもつて権利の濫用であるということはできないであろう。よつて控訴人の控訴の趣旨(四)の請求は理由なしとして棄却する。なお相続の放棄は相続人がなすものであつて、他人の意思によつて強制されるものでないから、右協定の事実は毫も右放棄の効力に影響を及ぼすものでなく、右協定契約の無効確認を求める部分は、この点からいつても確認の利益がないであろう。

次に控訴人は、さらに右相続放棄の申述が有効であるとしても、民法第四百二十四条によりその取消を請求すると主張する。なる程、遺産相続の放棄は、見方によつて身分上の行為であるとともに財産的意思表示であるかも知れないのであるが、それがため詐害行為取消の目的となりうるというのは結果からみた論であつて、相続人が遺産相続の放棄を決意するについては相続人の債権者に関係なき種々の事情に基く場合もあるべく、単に債権者たる故をもつてこれに干渉せしめるは妥当でなく、もし、詐害行為としてその取消を許すとすれば、その結果は結局承認を強うることとなるべく、相続承認の如きは他人の意思によつてこれを強制すべきでないから、遺産相続の放棄は、たとえ相続人の債権者詐害の目的に利用された場合でも、(その実債権者は相続人の既存財産は少しも変化はないのであるから、損害はないのであるが、)詐害行為取消の目的とならないものと解するを正当とする。(大審院昭和十年(オ)第八一五号同年七月十三日言渡判決参照)

よつて控訴人の控訴の趣旨(五)の請求もまた理由なしとして排斥する。

次に控訴人の控訴の趣旨(七)の請求について審究する。

控訴人の請求にかかる登記の抹消は、すべてその登記の登記原因となつている事実が存在しないか、無効であるか、または詐害行為として取り消されたことを理由とするものであるから、その登記原因たる事実が存在し、有効であり、また詐害行為として取り消すことを許さないものであること、前説示のとおりである以上、右請求は理由なしとして棄却さるべきであることは、自ら明らかであるであろう。

叙上の理由により、控訴人の本訴請求は、以上認定の一、二の限度において正当として認容すべく、その余はすべて失当なるをもつてこれを棄却すべく、これと同旨の原判決は正当にして、控訴人の控訴並びに被控訴人馨、同みやの附帯控訴はいずれも理由なきをもつて棄却すべく、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第九十三条、第八十九条及び第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 草間英一 猪俣幸一)

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